「たらい回し」という言葉は、江戸時代に演じられていた足芸を語源とする表現です。曲芸師が仰向けに寝転がり、両足でたらいを蹴り上げながら隣の演者へ受け渡していく芸が原型で、そこから物事や責任を次々と押し付け合う比喩表現に転じました。医療分野で広く使われるようになったきっかけは、2006年に奈良県で起きた、妊婦の受け入れ先がなかなか決まらなかった事件です。以来、救急搬送や周産期医療の課題を語るときの定番フレーズとして定着し、今では総務省消防庁が「搬送困難事案」という統計用語で実態を追いかける時代になりました。この記事では、曲芸としてのたらい回しの由来から、医療現場でこの言葉がたどってきた歴史、そして医療関係者がこの表現に抱いてきた違和感までを、具体的な事件と数字に沿って追っていきます。

たらい回しの語源は江戸時代の足芸に行き着く
「たらい回し」を漢字で書くと「盥回し」となります。盥とは、洗濯や行水に使う木製や金属製の浅い円形の容器のことで、この盥を使った曲芸が言葉の直接の由来です。語源由来辞典などの解説によれば、たらい回しはもともと大道芸や見世物の一種として演じられていた足芸の演目名でした。
盥を蹴り上げて渡す足芸が原型
曲芸師が仰向けに寝転がり、両足の裏で盥を乗せて蹴り上げるように回転させる芸で、複数の演者が横並びになり、足から足へと盥を落とさず受け渡していく形式もありました。これが「たらい回し」の原型です。この曲芸自体は江戸時代にはすでに確認されており、後期には庶民に親しまれる演目のひとつになっていたそうです。
鉄割一座の足芸はエジソンの目にも留まった
明治・大正期に入ると足芸はさらに発展し、なかでも鉄割熊蔵という芸人が率いた「鉄割一座」の技術は際立っていました。鉄割一座の足芸は国内にとどまらず欧米にも紹介され、当時の日本と欧米の文化交流のなかで芸術性や技術力が高く評価され、招かれて興行を行った記録が残っています。発明家のトーマス・エジソンにも強い感銘を与えたと伝えられており、エジソンが設立した映画会社によってこの足芸を撮影したフィルムが実際に残されているとされています。動く映像記録の黎明期に、日本の大道芸が撮影対象になっていたという事実は、当時のたらい回し芸への評価の高さをよく表しています。
曲芸の比喩は江戸後期には責任転嫁の意味に転じていた
曲芸としてのたらい回しは、複数の演者が盥を足から足へと次々に送り渡していく様子そのものが見どころでした。この「物を次々と他人に送り渡す」動作のイメージが、日常語としての比喩表現に転用されていきます。ある物事や案件、あるいは人を、当事者が責任を持って対応せず次々と他者へ送り渡し、押し付け合うことを「たらい回しにする」と呼ぶようになったわけです。雑学系の語源解説サイトは、この比喩的な用法自体もかなり早い時期、少なくとも江戸後期にはすでに見られたと説明しており、曲芸としての意味と比喩としての意味は大きな時間差なく併存していたとみています。
主語が「回す側」から「回される側」へ移り変わった
本来の比喩表現では、たらいを回す側、つまり案件を送り出す側の行為に焦点を当てて「案件をたらい回しにする」という能動的な言い方が基本でした。曲芸でも盥を操作するのは演者の足であり、盥自体は受け渡される客体にすぎません。ところが現代の用法では、「病院をたらい回しにされる」「たらい回しにされた患者」のように、送り回される側、すなわち盥に相当する対象を主語に置いた受け身の表現が主流になっています。回す側が主体だった表現が、時間の経過とともに回される側を主体とする表現へと重心を移してきたわけで、これは責任を押し付ける側の身勝手さを告発するニュアンスへ、言葉の使われ方の重心が移ってきたことの表れとも読み取れます。
内閣改造や役所窓口でもたらい回しは使われてきた
医療分野で有名になる以前から、たらい回しは行政や政治、企業社会でも幅広く使われてきた慣用表現です。内閣改造のたびに同じような顔ぶれの政治家が別の閣僚ポストに横滑りする状況を「大臣のたらい回し人事」と評したり、退職した幹部が関連団体や天下り先を渡り歩くことを「天下りのたらい回し」と呼んだりする用法があります。行政の窓口対応で、住民からの相談や苦情をどの部署も担当を認めず次々と別の窓口へ回してしまう状況も「役所のたらい回し」として批判の対象になってきました。いずれも組織や制度における責任の所在の曖昧さ、当事者意識の欠如を批判する文脈で使われており、医療における用法もこの延長線上にあります。
医療のたらい回しが社会問題化した転機は2006年の奈良県大淀病院事件
医療分野でたらい回しという言葉が社会に浸透した背景には、救急搬送をめぐる痛ましい事件の連続があります。特に大きな転機になったのが、2006年8月に奈良県で起きた事件です。
19病院に転送要請しても受け入れが決まらなかった
分娩中だった32歳の妊婦が脳出血を発症し、担当医は転院先を探すため19の病院に転送を要請しましたが、いずれの病院からも受け入れを断られました。意識不明の状態が続くなか、ようやく受け入れ先が決定するまでに長い時間を要し、搬送先の病院で緊急手術と帝王切開が行われ男児は無事に誕生したものの、母体である妊婦本人は8日後に亡くなっています。2006年10月17日、地元紙が「病院受け入れ拒否」の見出しでこの経緯を報じたことをきっかけに全国的な注目を集め、この事件は「大淀病院事件」として知られるようになりました。報道の過程で使われた「たらい回し」という言葉が、以後同種の事案を語る際の定型句として急速に広まっていきます。奈良県ではこの事件だけでなく、2007年にも未受診のまま妊娠中期を迎えていた妊婦の死産事例が発生し、受け入れ先の決定に時間を要したことが問題視されました。
2008年の都立墨東病院事件では当直医が1人だけだった
2008年10月4日の夜、東京都内に住む36歳の妊婦が激しい頭痛と嘔吐を訴えてかかりつけの産婦人科医院に救急搬送されました。医師は脳内出血の疑いで緊急手術が必要と判断し、24時間体制でハイリスク妊娠に対応するべき総合周産期母子医療センターに指定されていた東京都立墨東病院に受け入れを要請します。ところが返ってきた答えは「当直の医師が1人しかおらず受け入れられない」というものでした。医師はさらに6つの病院に打診しましたが、いずれも断られています。背景には、墨東病院で2004年ごろから産科医の退職が相次ぎ、人手不足を補うため2008年7月から土日祝日の当直医師を2人体制から1人体制に減らさざるを得なくなっていたという事情がありました。結局、墨東病院は2回目の要請で受け入れを決めたものの、最初の要請から1時間以上が経過しており、帝王切開で子どもは無事に生まれましたが母親は3日後に亡くなっています。
大淀病院事件と墨東病院事件を並べてみると、どちらも総合周産期母子医療センターに近い高度医療機関ですら、当直体制の薄さゆえに緊急対応を担いきれなかったという共通点が浮かびます。
| 項目 | 大淀病院事件 | 都立墨東病院事件 |
|---|---|---|
| 発生年月 | 2006年8月 | 2008年10月4日 |
| 妊婦の年齢 | 32歳 | 36歳 |
| 打診した病院数 | 19病院 | 墨東病院のほか6病院 |
| 受け入れ決定までの時間 | 長時間(地元紙の見出しは「6時間”放置”」) | 1時間以上 |
| 母体の転帰 | 8日後に死亡 | 3日後に死亡 |
| 子どもの転帰 | 無事誕生 | 無事誕生 |
医療用語としてのたらい回しは1970年代の核家族化がきっかけだった
医療、特に救急搬送の文脈でたらい回しが使われ始めたのは、実は2000年代の一連の事件が最初ではありません。この言葉はそもそも医学的な専門用語ではなく、マスメディアの報道のなかから生まれ広まった表現で、起源をたどると1970年代にさかのぼります。当時の日本では核家族化が進み、内科や小児科領域の救急医療ニーズが急速に高まっていました。ところが当時整備されていた救急告示医療機関の多くは、交通事故などの外傷に対応する外科中心の体制で、内科系や小児科系の急病患者を受け入れる体制が十分ではありませんでした。この結果、内科系の急病患者が受け入れ先を転々とせざるを得ない事案がすでに増加しており、これが医療分野におけるたらい回し報道の源流になったとされています。こうした状況を受けて、1977年には救急医療体制の再整備が図られました。その後いったんこの言葉は使われなくなり、医療関係者の証言によれば死語に近い状態になっていた時期もあったといいます。しかし2000年代に入り地域医療の崩壊や医師不足が改めて社会問題として注目されると、一連の周産期医療事件の報道を通じて再び頻繁に使われるようになり、今日まで救急医療の課題を語る際の定番表現として定着しています。
病院が受け入れを断る理由の多くは処置困難とベッド満床が占める
たらい回しという言葉は、病院側が患者の受け入れを不当に拒否しているかのような印象を与えがちですが、救急隊が受け入れを照会した際に断られる理由は多岐にわたります。厚生労働省の資料や関連調査によれば、受け入れ困難とされる理由の内訳はおおむね次のようになっています。
| 理由 | 割合の目安 | 内容 |
|---|---|---|
| 処置困難 | 約2割から4割 | 専門的な処置や設備が整っていない、対応できる医師が不在など |
| ベッド満床 | 約2割前後 | 入院に必要な病床が空いていない |
| 手術中・患者対応中 | 約2割前後 | 他の患者への緊急対応で人手や設備に余裕がない |
| 専門外 | 約1割前後 | 搬送された症状がその医療機関の専門領域ではない |
| 医師不在 | 約1割以下 | 対応できる医師がその時間帯に不在 |
受け入れを断る医療機関の多くは、悪意や怠慢で患者を拒否しているのではなく、限られた医師の数や専門性、病床数、手術室の稼働状況のなかで、やむを得ず対応できないと判断しているケースが大半です。この構造的な事情を「たらい回し」という一語だけで表現すると、あたかも医療機関側の身勝手な責任逃れであるかのような印象を与えてしまい、実態を正確に反映していないという指摘が医療関係者から繰り返しなされてきました。
日本医師会はたらい回しという表現に強い違和感を示してきた
こうした背景から、医療関係者の間ではたらい回しという表現そのものに対する強い違和感が示されてきました。日本医師会で救急を担当していた常任理事の石井正三氏は、かつて死語同然だったこの言葉が地域医療の崩壊が叫ばれるなかで一部の報道で再び使われるようになった経緯に触れ、かつて救急医療体制を整備していく過程で慣用的に呼び習わされていた状況と、近年の医療機関の受け入れ困難の状況とは背景となる事情がかなり異なるものであり、これらを同じ「たらい回し」という一つの言葉でひとくくりにしてしまうことで、救急医療に関わる関係者が積み重ねてきた施策や日々の努力までもが水泡に帰しているかのように受け止められてしまう、という趣旨の見解を示しています。医療現場からすれば、たらい回しという言葉は限られた資源のなかで最善を尽くそうとしている現場の努力を無視し、単純化された悪者探しのレッテルとして機能してしまう危険をはらんでいるわけです。厚生労働省も、いわゆるたらい回しと報道される事案について検討する資料を公表するなど、行政としてこの用語の使われ方や実態の把握に取り組んできました。こうした議論を経て、近年の行政資料やニュースでは感情的な響きを持つたらい回しという言葉を避け、より客観的な「受け入れ困難事案」「搬送困難事案」「応需困難事案」といった用語が使われる傾向が強まっています。
総務省消防庁は照会4回以上・現場30分以上を搬送困難事案と定義している
現在、総務省消防庁は救急搬送における受け入れ困難の実態を継続的に調査し公表しています。この調査での「救急搬送困難事案」は、感覚的な印象ではなく明確な数値基準で定義されている点が特徴です。具体的には、救急隊が医療機関に受け入れ可否を照会した回数が4回以上で、かつ救急隊が現場に滞在していた時間が30分以上に及んだ事案を、救急搬送困難事案として集計する仕組みになっています。この調査は新型コロナウイルス感染症の流行拡大を機に強化された経緯があり、総務省消防庁は流行状況に応じて全国の消防本部から週単位で搬送困難事案の件数を収集し公表してきました。
2022年末年始は週7158件で調査開始以来最多を記録した
2022年12月26日から2023年1月1日までの1週間には、全国の消防本部から報告された救急搬送困難事案が合計7158件にのぼり、週間報告件数が7000件を超えたのはこの調査を開始して以来初めてだったと報告されています。季節性インフルエンザと新型コロナウイルスの同時流行による発熱患者の急増などが背景にあるとみられ、救急医療体制のひっ迫の深さを示す数字です。令和6年度以降も総務省消防庁はこの状況調査を抽出調査という形で継続しており、地域医療体制や感染症流行の状況を反映して、搬送困難事案の件数は時期によって大きく増減する傾向があります。
コロナ禍の2021年8月は前々年比195%に急増した
新型コロナウイルス感染症の流行拡大期には、搬送困難事案の件数が特に顕著に増加しました。2021年8月には全国の搬送困難事案が週間で3361件に達し、この月にピークを記録しています。流行が本格化する前の2019年の同時期と比較すると195パーセントの増加にあたる水準でした。発熱を訴える患者について、一般の医療機関では発熱外来の設置や院内でのゾーニングといった感染対策上の受け入れ体制が十分に整っていなかったことなどが背景にあり、コロナ禍において発熱患者の搬送をめぐる「たらい回し」という表現が改めて頻繁に使われるようになりました。2022年中の全国の救急出動件数は723万2118件で前年比16.7パーセント増、搬送人員は621万9299人で同13.2パーセント増にのぼり、医療機関への受け入れ照会回数の増加とあわせて、コロナ禍における救急医療のひっ迫ぶりを裏付ける結果になっています。
大淀病院事件を機に総合周産期母子医療センターの整備が進んだ
大淀病院事件については、19の病院に断られたという結果だけでなく、報道のあり方をめぐっても後に議論が起きました。当初の報道では担当医の初期対応や病院側の判断に問題があったかのような論調が目立ちましたが、その後の経過や裁判の過程で、当時の産科医療現場が抱えていた構造的な医師不足や当直体制の限界、搬送先確保にまつわる制度上の制約など、個々の医師や病院だけの責任には還元できない背景が明らかになっていきます。医療関係者からは、たらい回しという扇情的な見出しが先行したことで現場の実情が正確に伝わらないまま医師や病院への批判だけが広がってしまったのではないか、という指摘も出されています。一方で、この事件が日本の周産期医療体制の脆弱さを社会に強く印象づけたこと自体は事実で、これを契機に行政による体制整備が本格化していきました。事件後、奈良県立医科大学附属病院では2007年以降救急医療体制の拡充が進められ、国レベルでも厚生労働省が「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」を開催し、2009年3月には確保と連携に関する報告書がまとめられています。この報告書を踏まえて周産期医療体制の整備計画の見直しが行われ、2010年1月には「周産期医療の確保について」とする通知が国から各都道府県に発出されました。これにより、母体・胎児集中治療管理室(MFICU)と新生児集中治療管理室(NICU)を備え、ハイリスク妊娠や高度な新生児医療に常時対応できる総合周産期母子医療センターの整備が全国で進められることになります。総合周産期母子医療センターは、地域の医療機関では対応が難しい母体・新生児の緊急搬送を原則として断らずに受け入れる中核拠点として位置づけられており、大淀病院事件のような「受け入れ先が最後まで決まらない」事態を防ぐための制度面からの対応策のひとつといえます。たらい回しという一つの報道用語が、個々の医療従事者への批判にとどまらず国レベルでの医療提供体制の見直しにまで結びついた点は、この言葉が持つ社会的な影響力の大きさを物語る事実です。
たらい回しという言葉への評価は患者側と医療現場側で分かれる
ここまで見てきたように、たらい回しという言葉には大きく分けて二つの立場からの評価があります。患者や家族の視点に立てば、実際に長時間搬送先が決まらず命に関わる事態に発展したケースが現実に存在する以上、その理不尽さや制度の不備を強く訴える言葉として一定の意義があるという見方ができます。大淀病院事件のような事例が広く知られたことで、周産期医療体制の見直しや救急搬送における受け入れ体制の整備が進められたきっかけになった側面もあります。他方で医療現場の視点に立てば、たらい回しという言葉は限られた医師の数や病床数、専門性という構造的な制約のなかで必死に対応している現場の実態を無視し、あたかも医療従事者が意図的に患者を拒否しているかのような誤解を与えかねない表現だという批判が根強くあります。取材や統計を追っていくと、実際に受け入れを断る理由の大半が処置困難やベッド満床といった構造的な事情であることを踏まえれば、医療現場側の指摘のほうに分があるように見えます。行政やメディアが「搬送困難事案」という中立的な用語への置き換えを進めているのも、この指摘が一定の説得力を持ってきたことの表れでしょう。
たらい回しという言葉は江戸の大道芸から令和の医療政策まで使われ続けている
たらい回しという言葉は、もともと江戸時代から明治・大正期にかけて庶民に親しまれた足芸、すなわちたらいを足で回しながら次の演者へ受け渡していく曲芸に由来する表現です。この曲芸のイメージが転じて、物事や案件を次々と他人に押し付け責任を回避することを意味する比喩表現として、江戸後期にはすでに一般化していました。当初はたらいを回す側を主語とする能動的な表現だったものが、時代を経て回される側を主語とする受け身の表現へと重心を移してきた点も、この言葉の変遷における興味深い特徴です。
医療分野では、2006年の奈良県大淀病院事件をはじめとする一連の救急搬送・周産期医療をめぐる事例の報道を通じて、妊婦や救急患者のたらい回しという表現が広く社会に定着しました。しかし実際に医療機関が受け入れを断らざるを得ない背景には、処置困難や病床の満床、手術・患者対応中、専門外、医師不在といった限られた医療資源に起因する構造的な事情があります。こうした実態を踏まえ、日本医師会をはじめとする医療関係者からは、たらい回しという言葉の使われ方に対する強い異議が示されてきました。現在では総務省消防庁が受け入れ照会4回以上、かつ現場滞在時間30分以上という明確な基準に基づいて救急搬送困難事案を統計的に把握・公表するようになり、感情的な響きを持つたらい回しという言葉に代えて、より客観的な用語を用いる動きが行政の側でも進んでいます。それでもなお、たらい回しという言葉は語感の強さゆえに、今なお医療体制の課題を語る際に繰り返し使われ続けています。
1970年代の核家族化に伴う救急医療ニーズの変化、1977年の救急医療体制再整備、2000年代の大淀病院事件と墨東病院事件による周産期医療体制の見直し、そして2020年代のコロナ禍における搬送困難事案の急増と、それぞれの時代背景に応じてこの言葉は繰り返し社会の表舞台に呼び戻されてきました。その都度、行政や医療現場は体制の見直しを迫られ、統計の整備や用語の言い換えといった対応を重ねています。江戸の曲芸に由来する言葉の成り立ちと、それが半世紀近くにわたって日本の医療政策の議論と結びついてきた経緯の両面を知っておくと、ニュースで「たらい回し」という見出しを目にしたときの受け止め方も、少し変わってくるかもしれません。








