バイキング料理の名称、帝国ホテルが1958年に付けた由来とは

当ページのリンクには広告が含まれています。

食べ放題の食事スタイルを指す「バイキング料理」という呼び方は、帝国ホテルが1958年に開いた洋食レストランの名前がそのまま社会に定着したものです。ホテルの朝食や温泉旅館の夕食、結婚式の披露宴まで、日本の食卓ではごく当たり前に使われているこの言葉ですが、英語圏では通じません。海外で同じ形式の食事を指すときは「buffet(ビュッフェ)」や「smorgasbord(スモーガスボード)」と呼ばれ、Vikingという単語に食事のスタイルという意味は含まれないからです。海賊として知られる北欧の民族の名前を借りて、日本で独自に生み出された呼称、それが「バイキング」でした。呼称の成り立ちを知っておくと、旅行先で「バイキング」と「ビュッフェ」の看板を見比べたときの理解も深まります。この記事では、名称が生まれた経緯や帝国ホテルとの関わり、命名の裏にあった事情を、できるだけ具体的に整理してお伝えします。

目次

バイキング料理という名称は帝国ホテルが1958年に名付けたレストラン名に由来する

バイキング料理とは、大皿やチェーフィングディッシュに盛られた多種多様な料理をテーブルやカウンターに並べ、客が好きな料理を好きな量だけ自由に取り分けて食べる食事の形式を指します。一定の料金を払えば時間内は何度でもおかわりができる、いわゆる食べ放題を伴うことが多く、日本では「バイキング」と「食べ放題」がほぼ同義で使われるようになりました。ホテルの朝食ビュッフェから結婚式の立食パーティー、皿に取り分けるスタイルのレストランまで、幅広い場面で耳にする言葉です。辞書的にもバイキング料理は、北欧の伝統料理スモーガスボードにならい、いろいろな料理を客が自由に取って食べる形式の食事、と説明されています。この名称の起点をたどると、1958年に東京・日比谷の帝国ホテルが開いた1軒のレストランに行き着きます。

帝国ホテルは1890年開業、新館完成の1958年にレストラン部門が新しい挑戦をした

バイキング料理誕生の舞台となった帝国ホテルは、1890年(明治23年)に開業した日本を代表する老舗ホテルです。中でも知られているのが、アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトが手がけた通称「ライト館」で、開業披露を行った1923年9月1日に関東大震災が発生したにもかかわらず、建物本体に大きな損傷を受けず持ちこたえたことから、地震に耐えたホテルとして世界的にも名を知られるようになりました。バイキング料理が誕生した1958年(昭和33年)は、このライト館の隣に地上10階・地下5階建て、客室数450室という新しい別館が完成した年でもあります。戦後の復興と発展を象徴する新館の完成という節目に、レストラン部門でも新しい挑戦として「インペリアルバイキング」が生まれました。

犬丸徹三社長はコペンハーゲンでスモーガスボードに出会った

仕掛け人となったのは、当時の帝国ホテル社長だった犬丸徹三氏です。犬丸氏は1887年生まれの実業家で、1923年に帝国ホテルの支配人に就任し、ライト館の完成と関東大震災という激動の時代を現場で経験しました。1945年2月には帝国ホテルの社長に就任し、戦後の混乱期から高度経済成長期にかけて長年経営の舵取りを担った人物です。新館の建設を進めていた時期にヨーロッパを視察して回っていた犬丸氏は、デンマークの首都コペンハーゲンで、北欧の伝統的な食事スタイルであるスモーガスボードに出会いました。バイキング料理の構想が持ち上がった1957年前後は、犬丸氏が新館建設という大事業を進めながら、同時にレストラン部門の新機軸も模索していた時期にあたります。

当時の日本のホテルレストランではコース料理を一皿ずつ順番に提供するスタイルが一般的で、客が好きな料理を好きなだけ選んで食べるという発想自体が新しいものでした。犬丸氏はこのスタイルを日本のホテルに取り入れられないかと考え、帰国後、パリで料理修業をしていた若きシェフ、村上信夫氏にこのスタイルの研究を命じます。

スモーガスボードの語源はバターパンとテーブルを意味するスウェーデン語

バイキング料理の直接の起源となったスモーガスボード(smörgåsbord)は、スウェーデンをはじめとする北欧諸国に伝わる伝統的な食事の形式です。肉料理、魚料理、野菜料理、パン、チーズなど、さまざまな種類の料理をテーブルに並べ、各自が好きなものを好きな順番で好きな量だけ取り分けて食べるスタイルを指します。もともとは祝祭や特別な行事の際に振る舞われる形式だったとされ、日常の食卓というより、大勢の人が集まる場でのもてなしとして発展してきました。

語源をたどると、「スモーガス(smörgås)」はスウェーデン語で「バターを塗ったパン」、つまりオープンサンドイッチを意味し、「ボード(bord)」は「テーブル」を意味します。スモーガスボードとは、もともと各自がテーブルに並んだバターやパン、具材で自分でオープンサンドを作って食べる、比較的シンプルな食事から始まったようです。17世紀半ばごろから冷製の料理だけでなく温かい料理も並べられるようになり、次第に品数も豊富になって、現在イメージされるような多彩な料理がテーブルいっぱいに並ぶ形式へと発展していったといわれています。犬丸徹三氏がコペンハーゲンで目にしたのは、数百年かけて発展を遂げた北欧の食文化の集大成でした。

村上信夫シェフの研究で1958年8月1日にインペリアルバイキングが開業した

犬丸徹三氏からスモーガスボードの研究を命じられた村上信夫氏は、1939年に見習いとして帝国ホテルに入社した人物です。1955年からヨーロッパでの料理修業に入り、パリの名門リッツ・パリでは、フランス料理の巨匠オーギュスト・エスコフィエの直弟子のもとで腕を磨きました。犬丸氏の指示を受けた村上氏は、スモーガスボードのスタイルを研究し、日本人の味覚や食習慣、ホテルレストランの運営という条件に合わせて試行錯誤を重ねながら独自にアレンジしていきます。その結果として、1958年8月1日、帝国ホテル本館の中に日本で初めてとなるブッフェ形式のレストラン「インペリアルバイキング」がオープンしました。これが、日本におけるバイキング料理の実質的な発祥とされています。村上氏はこのとき37歳という若さで、帝国ホテル第二新館の料理長という重責を任されました。

村上信夫氏の生い立ちも、日本の料理人史を語るうえで欠かせません。1921年に東京で生まれた村上氏は、小学生の頃に両親を相次いで亡くし、小学校の卒業を待たずに洋菓子店へ住み込みで奉公に入るという厳しい少年時代を過ごしています。その後1940年前後に帝国ホテルへ入社し、料理人としての道を歩み始めました。1955年からはベルギーの日本大使館での修業や、パリの名門ホテル「リッツ」での修業を経験し、帰国後にスモーガスボードの研究とインペリアルバイキングの誕生に携わることになります。村上氏はその後も帝国ホテルの料理をけん引する存在として活躍を続けました。1964年の東京オリンピックでは女子選手村の総料理長として300人を超えるコックを率い、世界各国から集まった選手たちに料理を提供する大役を務めています。1969年には帝国ホテルの料理長に、1994年には初代総料理長に就任し、1996年に一線を退くまでの間、日本の洋食文化の発展に貢献しました。1960年からはNHKの長寿料理番組「きょうの料理」にも出演し、フランス料理の技法を取り入れた家庭料理をお茶の間に紹介する役割を担い、「ムッシュ村上」の愛称で長年親しまれた人物です。帝国ホテルでは村上氏の生誕100周年を記念した企画も行われており、その功績は現在も語り継がれています。

「バイキング」の名付けは社内公募と映画「バイキング」の上映が重なって決まった

スモーガスボードというスウェーデン語由来の言葉をそのまま日本のレストラン名やメニュー名として使うことには、当時の日本人にとって発音しにくく、意味も伝わりにくいという課題がありました。そこで帝国ホテルは、この新しい形式の料理・レストランに、日本人にも親しみやすく覚えやすい名前をつける必要に迫られます。このとき採られた方法が、社内でのネーミング公募だったと伝えられています。北欧発祥の食事スタイルに、いかにも北欧をイメージさせる名前をつけようという発想から、「バイキング」という単語が候補に浮かび上がりました。北欧といえば、8世紀から11世紀にかけてヨーロッパの沿岸部で交易や略奪、侵攻を行っていたノルマン人、いわゆる「ヴァイキング(Viking)」が広く知られています。荒々しくも豪快に食事をとる海賊たちのイメージが、大皿に盛られた料理を自分の手で豪快に取り分けて食べるこの新しいスタイルのイメージとぴったり合う、と判断されたことが命名の理由のひとつとされています。

もうひとつ具体的なきっかけがあったとも伝えられています。インペリアルバイキングがオープンした1958年当時、帝国ホテルのすぐ近くにあった日比谷映画劇場では、カーク・ダグラス主演のハリウッド映画「バイキング(原題:The Vikings)」が上映されていました。9世紀ごろの北欧の海を舞台に、ヴァイキングの戦士たちの生き様を描いた海洋スペクタクル大作で、1957年にアメリカで製作された作品です。作中には豪快に肉にかぶりつき、大宴会で食事を楽しむヴァイキングたちの場面があり、このワンシーンが新しいレストランの食事スタイルのイメージと重なったことも、名称決定の後押しになったといわれています。つまり「バイキング料理」という名前は、北欧料理だから北欧の民族名をつけたという単純な発想だけでなく、当時話題になっていた映画の存在という時代背景ならではの偶然も重なって生まれた名称でした。

歴史上のヴァイキングは8世紀から11世紀にかけての北欧海洋民族

名称の由来となった歴史上のヴァイキングについても触れておきます。歴史上のヴァイキングは、8世紀から11世紀にかけて、スカンディナヴィア半島やユトランド半島を本拠としたノルマン人と呼ばれる海洋民族で、ノルウェー、デンマーク、スウェーデンの三つの部族から構成されていたとされます。彼らは細長く速度の出る外洋船「ロングシップ」を操り、イギリスやフランスなど西ヨーロッパの沿岸部、バルト海、ロシアの大河、さらには地中海や北大西洋にまで活動範囲を広げ、各地で交易や略奪、植民を行ったことで広く知られています。故郷では農耕や牧畜、漁を営みながら、季節ごとに遠征や交易、傭兵稼業に出かける、二つの顔を持つ民族だったともいわれます。こうした荒々しくも活動的なイメージこそが、大皿に盛られた料理を自分の手で自由に取り分けて豪快に食べる新しいレストランのスタイルと重なり、命名の発想につながりました。

英語圏で「バイキング」は食事の意味を持たない和製英語である

「バイキング」という言葉を食べ放題形式のレストランやそのスタイルの意味で使うのは、日本独自の用法です。英語圏において「Viking」はあくまで歴史上の北欧の民族、あるいはそれに由来するスポーツチームの名称として使われる単語で、食事のスタイルを指す言葉としては通用しません。代表的な例が、アメリカンフットボールNFLの人気チーム「ミネソタ・バイキングス」です。本拠地のミネソタ州には北欧系(スカンディナヴィア系)の移民が数多く暮らしていたことから、その文化的背景にちなんでチーム名に「バイキング(Viking)」が採用されたとされ、球団公式でも「勇敢・大胆・恐怖」といったイメージがチーム名の由来であると説明されています。英語圏で「Viking」という単語が呼び起こすのは、あくまで勇猛な戦士や航海者としてのイメージで、日本のように食べ放題のレストランを連想させることはありません。英語で食べ放題形式のレストランを表現したい場合には「buffet」または「all-you-can-eat」という表現が一般的です。

海外からの旅行者に「Viking style restaurant」といった表現を使うと、意味が通じなかったり誤解を招いたりすることがあるとして、英会話の学習コンテンツなどでも「バイキングは和製英語」という点がしばしば注意喚起されています。日本国内ではすでに「バイキング」という言葉が完全に定着し、辞書にも掲載される一般名詞として扱われていますが、その成り立ちをたどると、帝国ホテルが自社のレストランにつけた固有の名称が、業界全体、さらには社会全体に広まって一般名詞化していった、言葉の変遷の典型例のひとつと見ることができます。

「バイキング」と「ビュッフェ」は帝国ホテルの店名にも並記されている

現在の日本では「バイキング」と「ビュッフェ」がほぼ同じ意味で使われることが多いものの、厳密にはニュアンスの違いを指摘する声もあります。「ビュッフェ」はフランス語に由来する言葉で、もともとは立食形式の食事や、料理を並べる台そのものを指す言葉として使われてきました。ホテル業界では、格式の高さやサービスの内容によって、あえて「バイキング」ではなく「ビュッフェ」という呼称を用いるケースも見られます。

呼称語源ニュアンス
バイキング北欧の民族名に由来する和製英語気軽さ、食べ放題のイメージ
ビュッフェフランス語由来格式や立食形式のイメージ

実際、帝国ホテルの現在のレストラン名も「ブフェレストラン インペリアルバイキング サール」となっており、「バイキング」と「ブフェ(ビュッフェ)」という二つの言葉が並記されています。これは、自らが生み出した「バイキング」という言葉の発祥地としての誇りと、フランス料理の伝統を受け継ぐホテルとしての格式の両方を大切にしている表れとも解釈できます。

開業直後のインペリアルバイキングは連日行列の人気になった

1958年に「インペリアルバイキング」がオープンすると、この目新しい食事スタイルはたちまち評判になりました。当時の週刊誌などのメディアでも大きく取り上げられ、実際に食べに訪れようとする客が連日長い行列を作るほどの人気ぶりだったと伝えられています。一定の料金を払えば好きな料理を好きなだけ味わえる仕組みは、それまでのコース料理中心のホテルレストランの常識を覆すもので、庶民にとっても豪華な洋食をお腹いっぱい楽しめる体験として大きな魅力を持っていました。

バイキング形式は温泉旅館や結婚式場にも全国に拡大した

この成功を受けて、バイキングというスタイルとその名称は帝国ホテルの枠を超えて全国に広まっていきます。高度経済成長期からその後にかけて、地方の温泉旅館やホテルの夕食・朝食、結婚披露宴の立食パーティー、各種の宴会場や社員食堂に至るまで、バイキング形式の食事はさまざまな業態に取り入れられていきました。今日でも、じゃらんや楽天トラベルといった旅行予約サイトには「バイキングが人気の宿」を集めた特集ページが数多く組まれており、温泉旅館を選ぶ際の決め手のひとつとして「夕食バイキング」「朝食バイキング」の充実度が挙げられることも珍しくありません。帝国ホテルが生み出した1軒のレストラン名が、半世紀以上を経て日本の食文化そのものを象徴する言葉へと成長したことになります。

こうした食べ放題形式の食事を提供する事業者らによって組織された一般社団法人日本ブッフェ協会という団体も存在しており、ブッフェ・バイキング業界全体の発展や情報発信に取り組んでいます。バイキング形式は近年、料理を大量に作り置きすることによる食品ロスの発生が課題として指摘されることもあり、必要な分だけを調理して提供する工夫や、地域の食材を活かして町おこしに役立てる取り組みなど、時代の要請に合わせた新しいあり方も模索されています。

インペリアルバイキング サールは2023年に65周年でリニューアルした

1958年に誕生した「インペリアルバイキング」は、その後も帝国ホテルの看板レストランのひとつとして営業を続け、日本各地のホテルや旅館、結婚式場にバイキング形式の食事スタイルが広まっていく火付け役となりました。現在、帝国ホテル東京の本館17階にあるこのレストランは「ブフェレストラン インペリアルバイキング サール」という名称で営業を続けており、フランス料理をベースにしながら、朝食・ランチ・ディナーそれぞれの時間帯で内容の異なるブッフェスタイルの料理を提供しています。

帝国ホテルでは、インペリアルバイキングが誕生した8月1日を記念し、この日を社内外で「バイキングの日」として位置づけており、周年を迎えるたびに記念企画やキャンペーンを実施してきました。2018年の誕生60周年の際には記念企画が行われ、節目の年にはその年に生まれた人を対象とした優待サービスが実施されるなど、単なる一レストランの周年行事にとどまらず、帝国ホテルの歴史そのものを振り返る機会としても位置づけられています。

2023年8月1日、インペリアルバイキング サールは開店から65周年の節目を迎え、これを記念して大規模なリニューアルが行われました。リニューアル後は、従来のフランス料理を中心としたメニュー構成に加えて、ランチとディナーの時間帯に中国料理と日本料理のメニューも新たに加わり、ブフェ台も従来より増設されて3か所構成となるなど、より幅広い客層のニーズに応える内容へと生まれ変わっています。内装についても、以前と比べて明るく上品な雰囲気に一新され、席と席の間隔にもゆとりを持たせた造りとなり、窓側の席では開放感のある眺めを楽しめるようになったと評されています。一方で、2023年5月1日には料金表記の見直しも行われ、リニューアル以前は料金に含まれていたコーヒーや紅茶が別料金に変更されるなど、運営面での見直しも進められました。リニューアル後の料金は、平日ランチが1万円台から、平日ディナーは特別料金で1万3千円台からといった価格帯で提供されており、日本初のバイキング発祥の地にふさわしい上質な体験を提供するレストランとしての位置づけが強化されています。

帝国ホテル大阪でもバイキングの伝統が受け継がれている

東京だけでなく、帝国ホテル大阪の「ザ パーク」でも、バイキング形式のレストランが営業を続けています。ここでは、帝国ホテルが長年受け継いできた伝統のオールドファッションポテトサラダやコンソメスープ、目の前で切り分けてもらえるローストビーフなど、帝国ホテルらしい定番メニューを取り入れたバイキングが提供されており、発祥の地である東京だけでなく、系列ホテルを通じてもその味と伝統が受け継がれていることがわかります。

こうした変遷を経てもなお、バイキング発祥の地という肩書きは、帝国ホテルにとって大きなブランド価値のひとつであり続けています。旅行メディアやグルメメディアが帝国ホテルのブッフェを紹介する際には、バイキング発祥の地というフレーズが添えられることが多く、1958年に生まれたインペリアルバイキングというレストランが、一飲食店の枠を超えて日本の食文化史における重要な出来事として位置づけられていることがわかります。

バイキング料理という呼称は帝国ホテルの1958年の挑戦を起点に全国へ広がった

バイキング料理という言葉は、1958年に帝国ホテルが日本で初めて開いたブッフェ形式のレストラン「インペリアルバイキング」に端を発する、日本独自の呼称です。当時の社長・犬丸徹三氏がデンマーク・コペンハーゲンで出会った北欧の伝統料理スモーガスボードに着想を得て、パリで修業中だった村上信夫シェフに研究を命じたことがそのはじまりでした。そして新しいレストランの名前を決めるにあたり、北欧をイメージさせる「バイキング」という単語が、社内公募という形で選ばれます。その背景には、荒々しくも豪快に食事を楽しむ海賊のイメージとの親和性に加え、当時ホテルの近くの映画館で上映されていたハリウッド映画「バイキング」の存在という、時代ならではの偶然も重なっていたと伝えられています。

英語圏では通用しない和製英語でありながら、「バイキング」という言葉はその後日本全国のホテルや旅館、結婚式場、レストランへと広がり、今や食べ放題形式の食事スタイルを表す一般的な日本語として辞書にも掲載されるほどに定着しました。原点をたどれば、帝国ホテルという日本を代表するホテルが新しい食のスタイルを日本に根付かせようとした歴史と、社名やブランドを超えて社会に浸透していった言葉の力を、あらためて感じ取ることができます。現在の帝国ホテル東京「インペリアルバイキング サール」は、その発祥の歴史を受け継ぎながら時代に合わせて姿を変え続けています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次