トイレットペーパーの芯になぜ穴があるのか、その理由は製造工程と使用時の利便性の2つに集約されます。具体的には、製造時に機械の軸棒であるマンドレルへ差し込み均一な張力で紙を巻き取るためであり、また家庭のホルダーに付いたスピンドルへ取り付けて自由に回転させながら紙を引き出せるようにするためです。何気なく目にしているあの円筒形の紙管の穴には、トイレットペーパーの発明と歴史、そして製紙技術の発展が凝縮されています。
本記事では、トイレットペーパーが誕生する以前の人類の衛生文化から、紙の発明、近代的なロール型トイレットペーパーの誕生、芯と穴の役割、日本における普及の歴史、そして現代の芯なし製品まで、トイレットペーパーの芯と穴にまつわる発明と歴史を体系的に解説します。読み終わるころには、毎日手にしている小さな紙管の穴一つに、人類の文明と工学の知恵が宿っていることがわかるはずです。

トイレットペーパーの芯になぜ穴があるのか、結論を最初に解説
トイレットペーパーの芯に開いている穴は、製造機械の軸(マンドレル)と家庭用ホルダーのスピンドルに通すために設けられた構造です。穴がなければそもそも工場で紙を巻き取ることができず、ホルダーに取り付けて回転させることもできません。
製造工程の観点から見ると、トイレットペーパーは「ジャンボロール」と呼ばれる幅約4メートル、直径約3メートル、巻き長さ約80キロメートルにも及ぶ巨大な原紙を、家庭で使えるサイズに巻き直して作られます。巻き直しの際には、あらかじめ用意された紙製の円筒(紙管)を機械のマンドレルに差し込み、一定の張力と速度で原紙を巻き付けていきます。この軸を通すために中央の穴が必要なのです。
消費者側の観点では、トイレットペーパーホルダーには「スピンドル」と呼ばれる棒状の軸が付いており、ここに紙管の穴を通すことでロールが自由に回転し、紙を片手でスムーズに引き出せます。穴がなければホルダーへの装着ができず、紙を引き出すたびにロールが滑ってしまい、日常使用に大きな支障をきたします。
つまり、芯の穴は単なる飾りや余白ではなく、工業生産と日常使用の両方を成立させるための機能的な必然なのです。
トイレットペーパー以前の歴史、人類は何を使っていたのか
トイレットペーパーが普及する以前、人類は身の回りの自然素材や紙以外の道具を使っていました。地域や時代によって使われる素材は大きく異なり、その変遷自体が衛生文化の発展を映し出しています。
縄文・弥生時代の日本では、貝殻、陶器の破片、植物の葉、海藻などが用いられました。身近にあるものを工夫して使う生活様式が、長く続いていたわけです。
古代日本で特に有名なのが「籌木(ちゅうぎ)」と呼ばれる細長い木片です。これは奈良時代ごろから記録に見られるもので、平城宮跡などの発掘調査でも実物が出土しています。籌木は使用後に川で洗って再利用されることもあったといいます。
古代ローマでは「テルソリウム(Tersorium)」と呼ばれる、棒の先にスポンジを取り付けた道具が使われました。酢や塩水に浸して使用するもので、公衆トイレでは共用品として置かれ、使用後は容器の中でゆすいで次の人に回す方式でした。現代の衛生観念からは驚くべき運用ですが、当時としては合理的な共有の仕組みでした。
中世ヨーロッパでは古代ローマの衛生文化が継承されず、海藻、樹皮、木の葉、石、砂、藁などが使われました。富裕層は羊毛の布片や麻布を用いた一方、農村部では藁や干し草が広く使われ続けました。
日本の江戸時代には「浅草紙(あさくさがみ)」が都市部を中心に普及しました。これは使用済みの古紙を回収して再生した薄い紙で、江戸の町には古紙回収業者が存在し、循環型の資源利用が成立していました。地方の農村部では明治時代ごろまで葉や藁を使い続ける地域も残っていました。
紙の発明と中国におけるトイレ用紙の起源
紙そのものは中国で発明されました。紀元前200年ごろには麻や木の皮から作られた原始的な紙が存在しており、105年頃には官吏の蔡倫(さいりん)が木の皮、麻の屑、ぼろ布、魚網などを原料とした改良紙を製造し、皇帝に献上したと伝えられています。この改良によって紙の製造コストが大幅に下がり、紙の普及が一気に進みました。
紙の普及とともに、中国では紙をトイレで使う習慣も生まれました。最古の文献記録は6世紀のものです。北斉の学者・顔之推(がんしすい)が著した「顔氏家訓(がんしかくん)」の中に、「五経の引用や賢人の名前が書かれた紙は、便所の用には使わない」という記述が残っています。この記述は、当時すでに紙をトイレで使う習慣が一般化していたことを示しており、聖典の文字が書かれた紙を汚すことへの警告として残されたものです。
14世紀になると中国での紙の生産は大規模化しました。現在の浙江省にあたる地域では、年間1000万枚規模のトイレ用紙が生産されていたという記録があります。これは単なる慣習ではなく、専用の商品として商業的に大量生産が行われていたことを意味します。
1391年(明朝初期)の宮廷記録には、皇族の生活必需品を管理する役所が、南京の支配者とその家族のために年間72万枚のトイレ用紙を生産していたことが記されています。この便所紙は1枚あたり約90センチメートル×60センチメートルという大判のものでした。また1393年頃には、米を原料とした柔らかいトイレットペーパーが中国皇室専用に大量生産されていたともいわれています。
つまり中国では少なくとも6世紀には紙をトイレで使う習慣があり、14世紀には大規模な商業生産が成立していました。これがトイレットペーパーの世界最古の歴史といえます。
近代的なトイレットペーパーの発明とアメリカでの誕生
近代的なロール型トイレットペーパーは、19世紀アメリカで生まれた発明です。中国に古くからの先例はありましたが、現代の私たちが使っているロール状・ミシン目入り・紙管付きという形状は、アメリカでの発明と特許取得を経て確立しました。
1857年、マサチューセッツ州生まれのジョセフ・C・ゲイエッティ(Joseph C. Gayetty)がアメリカで初めてトイレットペーパーを商品として販売しました。彼の商品は「薬用紙(Medicated Paper)」と銘打たれ、痔の予防と治療を助ける医療補助材として売り出されました。1箱500枚入りで、各シートには彼の名前の透かしが入っており、価格は50セントと当時としては高価でした。ただし連続したロール状ではなく、1枚ずつ切り離されたシート形式でした。
ゲイエッティの商品は医療グッズの位置づけだったため、広くは普及しませんでした。当時のアメリカでは、古新聞や雑誌のページ、カタログの紙をトイレで使うことが一般的だったのです。
ロール型のトイレットペーパーを発明したのは、ニューヨーク州アルバニー出身のセス・ウィーラー(Seth Wheeler)です。ウィーラーはもともと1871年にミシン目を入れたロール型の包装紙の特許を取得していました。その技術をトイレット用に応用し、1891年6月10日に特許申請を行い、同年9月15日に「ラッピング又はトイレット紙のロール(Wrapping or Toilet Paper Roll)」として特許番号US459516Aが登録されました。さらに同年12月22日には改良版の特許US465588Aも取得しています。
ウィーラーの発明で革新的だったのは、ミシン目によって一定量を簡単に切り取れるようにした点と、紙管と呼ばれる円筒形の芯に紙を巻き付けてロール状にした点です。この設計が、そのまま現在のトイレットペーパーの原型となりました。ウィーラーが経営していた「アルバニー・パーフォレイテッド・ラッピング・ペーパー社(Albany Perforated Wrapping Paper Company)」は、トイレットペーパーを主力商品として製造・販売しました。
その後、スコット兄弟が1890年ごろにロール式トイレットペーパーの商業化に成功し、スコット社(Scott Paper Company)として市場を開拓しました。同時期にイギリスでもW.J.オルコック(W.J. Alcock)がロール式トイレットペーパーを手がけ、このころから欧米でトイレットペーパーが日用品として浸透し始めます。
芯にはなぜ穴があるのか、紙管の役割と製造の仕組み
トイレットペーパーの中心にある円筒形の芯を「紙管(しかん)」または「紙芯(かみしん)」と呼びます。紙管に開いた穴の存在理由は、製造工程上の必然と消費者側の利便性の両方にあります。
製造工程の観点から見ると、トイレットペーパーは巨大な機械で作られます。原料のパルプや再生紙を水でほぐし、抄紙機(しょうしき)と呼ばれる機械で薄い紙を連続的に製造します。この工程で生まれる原紙が、幅約4メートル、直径約3メートル、巻き長さ約80キロメートルにも及ぶ巨大なジャンボロールです。
このジャンボロールから家庭用サイズへの「巻き直し(ワインディング)」工程で、エンボス加工とミシン目加工を施した紙を、あらかじめ用意した紙管に一定の張力と速度で巻き付けていきます。ここで紙管は機械の「マンドレル(軸棒)」に差し込まれ、回転することで紙が均一に巻き取られていきます。穴がなければ機械の軸に固定できず、紙の張力もコントロールできないため、均一なロールを作れないのです。
次に消費者側の観点では、家庭や公共トイレで使われるホルダーには「スピンドル(軸棒)」が付いています。紙管の穴をこのスピンドルに通すことで、ロールが自由に回転しながら紙を引き出せる仕組みになっています。穴がなければホルダーへの装着が困難になり、片手で紙を引き出す動作も成立しません。
日本ではJIS(日本産業規格)でトイレットペーパーのサイズが厳密に規定されています。JIS P4501によれば、紙管の内径は38mm±1mm、紙の幅は114mm±2mm、ロールの直径は120mm以下、1ロールの長さは27.5m以上と定められています。下の表にまとめます。
| 項目 | 規格値 |
|---|---|
| 紙管の内径 | 38mm±1mm(約1.5インチ) |
| 紙の幅 | 114mm±2mm |
| ロールの直径 | 120mm以下 |
| 1ロールの長さ | 27.5m以上 |
この38mmという内径規格により、市場に出回るあらゆるホルダーのスピンドルと適合するよう設計されています。規格が統一されているため、どのメーカーの製品を買っても、どのメーカーのホルダーにもぴったりと収まるのです。
紙管そのものはスパイラル巻き(螺旋状に原紙を巻き付ける製法)または平行巻きで製造されます。複数層の厚紙を接着しながら円筒形に成形し、所定の長さに切断して作ります。紙管の製造にも専門の技術と機械が必要であり、トイレットペーパーという身近な製品の背後には、こうした産業基盤が存在しています。
芯なしトイレットペーパーの登場と仕組み
現代では「芯なしトイレットペーパー」も広く販売されています。芯なし製品は紙管を使用せず、紙そのものを中心部でしっかり圧縮巻きにすることで、中央に空洞を作る構造です。中心の穴は紙管ではなく、圧縮された紙そのものでできています。
芯なしトイレットペーパーには複数のメリットがあります。まず環境負荷の低減です。日本では年間約580億本ともいわれるトイレットペーパーが消費されており、その分の紙管が廃棄されてきました。芯なし製品ではこの廃棄物が発生しません。
次に経済性です。芯なしは同じ巻き径でも紙の量を多く確保できます。芯のある製品では通常シングルで150m程度が限界ですが、芯なしではシングル250mという超長尺製品も存在します。1ロールあたりの使用可能長さが長くなることで、交換の手間が減り、業務用途では人手と廃棄コストの両方を抑えられます。
ただしデメリットもあります。専用ホルダーが必要になる場合があること、最後まで使い切る際に取り回しが難しい場合があること、香り付き製品は芯の部分に香料を含ませる仕組みが多いため芯なしでは対応しにくいことなどが挙げられます。
芯なしトイレットペーパーは、組合員の声から生まれた省資源型製品として生活協同組合などを通じて普及してきました。現在ではホテルやオフィスビルなどの業務用でも広く採用されています。
日本におけるトイレットペーパーの歴史と普及の経緯
日本でのトイレットペーパーの歴史は江戸時代の浅草紙にさかのぼりますが、近代的なロール型トイレットペーパーが普及したのは戦後のことです。
明治時代(1868年〜1912年)に入ると、来日する外国人向けの施設では輸入されたトイレットペーパーが設置されるようになりました。しかし一般の日本人家庭では依然として浅草紙などの和式のトイレ用紙が使われ、農村部では草や藁が使われ続けていました。
大正時代後期の1924年(大正13年)には、外国航路を往来する汽船向けに国産のトイレットペーパーが製造されるようになりました。船内では外国人乗客も多く、ロール型への需要があったためです。
昭和初期から戦前にかけては、一部の都市部の富裕層や洋式設備を持つ家庭でトイレットペーパーが使われ始めましたが、まだ一般的ではありませんでした。戦時中は物資不足もあり、普及は進みませんでした。
戦後の高度経済成長期、昭和30年代(1950年代後半)から昭和40年代(1960年代)にかけて、日本のトイレットペーパーは急速に普及します。背景には都市部での上下水道の整備拡大と、洋式水洗トイレの普及があります。1960年代には国内の製紙会社も本格的に国産トイレットペーパーの製造を開始し、エリエール(大王製紙)、ネピア(王子製紙)、スコット・ジャパンなどのブランドが市場に登場しました。
1977年(昭和52年)には歴史的な転換点を迎えました。それまで主流だった「ちり紙」(折り畳み式の和式トイレ用紙)の生産量を、ロール式トイレットペーパーの生産量が初めて上回ったのです。これ以降、ロール型が日本の標準となりました。
1980年代以降、日本のトイレットペーパー市場はさらに多様化しました。ダブル(二枚重ね)製品の普及、香り付き製品の登場、保湿成分配合の製品、温水洗浄便座専用の薄型製品など、機能面での差別化が進んでいます。
トイレットペーパーの製造工程を詳しく解説
現代のトイレットペーパーがどのように作られるのか、工程ごとに詳しく見ていきます。芯と穴の役割は、製造工程全体の中で明確に位置づけられています。
最初の工程は原料の準備です。主原料は木材パルプと古紙(再生紙)です。木材パルプは針葉樹や広葉樹の木材チップを化学処理して繊維を取り出したものであり、再生パルプは回収した古紙を溶かして繊維を取り出したものです。環境意識の高まりから、多くのメーカーが再生パルプの使用比率を高めています。
次にパルプの調成です。原料となるパルプを大きなタンク(パルパー)に入れ、大量の水と混ぜてドロドロの状態(スラリー)にします。製品の種類や特性に合わせて、パルプの種類や配合率を調整します。柔らかさを出すためには繊維の叩き方(叩解、こうかい)が重要で、繊維を細かく叩くほど柔らかい紙になります。
抄紙工程では、調成されたパルプのスラリーを抄紙機の金属製のワイヤー(網)の上に均一に噴射します。水分が下に抜けて紙の繊維が均一に絡み合い、薄いシートが形成されます。その後、乾燥ローラー(ヤンキードライヤー)で水分を蒸発させて紙を乾燥させます。この工程で巨大な原紙のロール(ジャンボロール)が完成します。
加工工程では、ジャンボロールから加工機械に紙を送り込み、まずエンボス加工(表面に凹凸を付ける加工)を行います。エンボス加工により紙が柔らかく感じられるようになり、水分の吸収性も高まります。次にミシン目加工を施して、一定の長さで簡単に切り取れるようにします。ダブルの場合は2枚の紙を重ね合わせてエンボスで接着します。
巻き取り工程では、加工された紙を紙管(芯)に巻き付けていきます。一定の張力を保ちながら、決められた長さになるまで巻き付けます。複数の紙管が連続して並んだ長い「丸太状」のロールが出来上がります。続く切断工程で、丸太状のロールを自動切断機により目的の幅(一般的には114mm)に切断し、個々のロールが完成します。
最後に包装工程で、完成したロールを個別に包装フィルムで包み、複数個をまとめてパッケージングします。製品によってはここで香料を芯に添加する工程が入ることもあります。芯の穴を通すマンドレルが、こうした工程全体の中心軸として機能していることがよくわかります。
シングルとダブルの違いと歴史
トイレットペーパーにはシングル(一枚重ね)とダブル(二枚重ね)の2種類があり、現在の市場ではどちらも広く流通しています。両者の違いは、紙の厚さと使用感、そして1ロールあたりの長さにあります。
トイレットペーパーが最初に商品として販売された1857年から、長い間シングルタイプのみでした。ダブルが初めて登場したのは1942年のイギリスです。当時の広告によれば、ダブルは女性や子供、敏感肌の人に向けた高級・柔らか仕様として売り出されました。
シングルとダブルの違いを整理すると次のようになります。
| 種類 | 紙の枚数 | 特徴 | 長さの傾向 |
|---|---|---|---|
| シングル | 1枚重ね | しっかりした厚みで吸水性が良い | 同じロール径で長く巻ける |
| ダブル | 2枚重ね | 空気層が生まれふんわりした肌触り | シングルより短くなる |
ダブルはシングルよりも薄い紙を2枚重ねており、紙と紙の間に空気の層が生まれるため、ふんわりとした肌触りになります。一方シングルは同じロール直径でも約2倍の長さの紙が巻かれているため、長持ちします。
製造コストの観点では意外にも、シングルの方がダブルよりもコストが高くなる場合があります。シングルは紙を長く巻く必要があり、巻き取り工程に時間がかかり、使用する紙の量も多くなる傾向があるためです。
日本では、日本製紙クレシアが1963年にシングルのトイレットペーパーを発売し、翌1964年にはダブルの販売も開始しました。現在の日本では販売金額の比率でダブルが約6割以上を占め、シングルは約3割程度となっています。ただし地域差があり、北海道、関西、中国・四国地方ではシングルの人気が相対的に高い傾向があります。
1973年のトイレットペーパー騒動と社会的影響
日本のトイレットペーパーの歴史を語る上で外せないのが、1973年(昭和48年)に発生した「トイレットペーパー騒動」です。この事件は、トイレットペーパーが日本社会にいかに深く根付いていたかを示すと同時に、情報と消費行動の関係を浮き彫りにした出来事でした。
1973年10月、中東での第四次中東戦争をきっかけにアラブ諸国が石油の供給を制限する「石油危機(オイルショック)」が発生しました。石油の輸入に大きく依存していた日本も大きなダメージを受け、世界各国の経済が混乱しました。
同年10月中旬、当時の中曽根康弘通産大臣がテレビ番組内で「紙の節約」を呼びかけました。これが「紙が不足する」という噂につながり、10月下旬から「トイレットペーパーが店から消える」というデマが急速に全国へ広まりました。
10月31日、大阪府豊中市の千里ニュータウンにあるスーパーマーケットで、セール品として並んでいたトイレットペーパーに購入希望者が殺到しました。通常なら1週間分の在庫に相当する1400パックが、わずか1時間で売り切れたのです。この様子がテレビや新聞で大きく報道されると、全国各地でパニック買いが連鎖的に発生しました。
実際には当時のトイレットペーパーの生産・供給に深刻な問題はありませんでした。むしろ騒動中は生産量が増加していたほどです。パニックはデマを信じた消費者の不安から始まり、それがメディアに取り上げられることでさらに拡大するという連鎖で生じたものでした。
この事件は「パニック買い」「風評被害」「情報の重要性」といったテーマで現在でも語り継がれており、2020年の新型コロナウイルス感染症拡大時に再びトイレットペーパーの買い占めが起きた際にも、引き合いに出されました。
世界のトイレットペーパー事情と消費量
トイレットペーパーは世界中で使われていますが、国や地域によって使用状況には大きな違いがあります。
使用量が最も多いのはアメリカです。アメリカ人は1人あたり年間約140ロールを消費するといわれ、世界最高水準にあります。一方、中東やアジア、アフリカの多くの地域では水で洗浄する文化が根付いており、トイレットペーパーの使用量は少ない傾向にあります。
日本では洗浄機能付きトイレが一般家庭にも広く普及しており、水洗浄と紙拭きを組み合わせた独自の使用スタイルが定着しています。日本のウォシュレットの普及率は家庭用トイレで80パーセントを超えており、世界的にも珍しい水準です。
フランスをはじめとするヨーロッパの一部の国では、トイレとは別にビデ(bidet、温水洗浄器)を設置する文化があり、トイレットペーパーへの依存度がやや低い地域もあります。
環境の観点から見ると、トイレットペーパーの生産には大量の水と木材パルプが必要であり、環境負荷が指摘されています。1ロールのトイレットペーパーを製造するのに約140リットルの水が必要ともいわれます。このため、再生パルプの利用拡大や、竹パルプなど成長が早い植物を原料とした製品の開発が進んでいます。
トイレットペーパーの芯と穴にまつわるよくある疑問
トイレットペーパーの芯と穴については、日常の中でいくつかの素朴な疑問が浮かびます。代表的なポイントについて整理しておきます。
「上向き巻き」と「下向き巻き」のどちらが正しいかという論争については、セス・ウィーラーの1891年の特許図面では紙が「上から出る(over)」方向で描かれています。つまり発明者の意図としては上向きが正解ということになります。各種調査でも、現代でも上向きを好む人の方が多数派ですが、家庭やオフィスごとに好みが分かれており、世界中で論争が続いています。
アメリカの「トイレットペーパーの日」は8月26日です。これはセス・ウィーラーが1891年に特許を取得した日付にちなんでいるとされます。
日本のトイレットペーパー生産量は年間約55万トンともいわれており、製紙産業の中でも重要なカテゴリーを占めています。
香り付きトイレットペーパーの場合、香料は紙そのものではなく主に芯の部分に含まれています。紙が引き出されるたびに芯の香りが拡散する仕組みであり、このため香り付き製品では芯ありが主流で、芯なし製品では香り付きが少ない傾向にあります。
なお、トイレットペーパーの芯は、幼稚園や小学校の図工の時間に工作材料として活用されることが多く、子供たちの創造性を育てる定番の素材としても親しまれています。
まとめ、芯の穴一つに詰まった発明の歴史
トイレットペーパーの芯になぜ穴が開いているのか、その答えは「製造機械のマンドレルへ差し込んで均一に紙を巻き取るため」、そして「家庭用ホルダーのスピンドルに取り付けて自由に回転させながら紙を引き出すため」という、製造側と使用側の両方の合理性に集約されます。
歴史を振り返ると、6世紀の中国における紙使用の記録から始まり、14世紀の中国での大規模生産、1857年のアメリカでのゲイエッティによる商品化、そして1891年のセス・ウィーラーによるロール型・紙管付き特許の取得という流れで、近代的なトイレットペーパーは完成しました。日本では戦後の高度経済成長期に洋式トイレの普及とともに急速に広まり、1977年には和式のちり紙を生産量で上回りました。
JIS規格で紙管内径が38mmと統一されていることで、メーカーを問わず家庭のホルダーにぴったり収まる相互運用性が実現しています。芯なし製品の登場や、シングルとダブルの選択肢、香り付き製品の工夫まで、すべてはこの小さな紙管と穴の構造を基盤として発展してきました。
毎日何気なく手に取るトイレットペーパーの中に、人類の衛生文化の長い歴史と、製造技術の精巧な工夫が詰まっています。次にトイレットペーパーを交換するとき、その円筒形の紙管と中央の穴をあらためて眺めてみると、これまで気づかなかった発明と歴史の重みを感じられるはずです。








